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| 真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道 | |||
| 草田男(句集「美田」昭和二十九年) | |||
| 大きな夢失せずひびの掌明日ある掌 | |||
| 幻 魚(句集「幻魚」昭和二十三年) | |||
| 消ゆるまで直なる鉄路冬霞 | |||
| 紫 晃(句集「青山椒」昭和五十八年) | |||
草田男師の自句自解によると、「村人に道順を尋ねた所、たまたま村人の傍に居た一人の白痴(現代の遅進障害児)が、その指で道を真直ぐに指し示した。その瞬間的動作から一種の啓示を得て句が生まれた」との事で、実景にもとづく属目句。啓示とは、唯ひたすら真直に行き、それを疑ったり批判しないことである。
幻魚師の句は戦後の用紙事情・印刷事情が極めて厳しい時代の句。一冊七円・年間会費九十円での俳誌発行に師が大変苦労されたが、その中で、師は俳誌内容を充実させるために、次々と新企画を行い大きな夢に燃え、明日を信じて行動した姿がこの句に躍動してる。
紫晃師の句は五十四才でJR駅長の現役時代、幻魚師急逝のため現職と主宰との二つを背負ひ、超多忙な日々を過されていた時のもの。「真剣に取組み句作に没頭していく程に苦しみと努力が強いられていく。それは最早や趣味の範疇で無い。即ち、俳句は文学であり、芸術である。」と当時の心境を語られてる。この一文に示されてる紫晃師の並々ならぬ覚悟こそが、この句の「直なる鉄路」と私は解釈してる。三人の師の句に込めた心を、四百号を迎えた現在、黒姫会員としてしっかり受け止めなければならない。
(北童記)
黒姫四百号(記念号)に寄せて
主 宰 神田北童
ここに、「黒姫」創刊六十七年、四百号を迎え感慨一入です。小俳誌ながら、半世紀を越えて受け継がれることができたのは、初代幻魚師・二代紫晃師・二人の師の並々ならぬ俳句への思い、たゆまぬ行動力、指導力と共に、そこに結集した先輩諸兄姉の俳句への篤き熱意と御支援の賜物です。更に、それを包み込むように草田男師の俳句理念、信念、豊富な知識と人生哲学を背景とした句作への示唆が脈々と流れていることにも思いを馳せなければと思います。
又、この様に結社の大きな節目に、我々がたまたま出逢えたことを大切に思い、「邂逅の恩寵」と感じ、これを機に、これからの結社のあり方、己の俳句人生のあり方を考える良い機会にしたいと思います。結社の仲間は少人数でも、俳句を芯に、太い絆で結ばれてることを矜持と思って、熱い詩魂を持つ集団として、皆さんと御一緒に真っ直ぐに歩んでいきたいと思います。
次に、三人の師が多く残されて作品から、これからの「黒姫」の行く方を示唆されてると感じた句を抽出させて頂き、明日からの新たな一歩を踏み出す糧にしたいと思います。
| 真直ぐ往けと白痴が指しぬ秋の道 | |||
| 草田男(句集「美田」昭和二十九年) | |||
この句は師の自句自解によると、「ある日、田舎道を一人で歩いていた。村人に自分の行先を告げ、そこへ行く道順を尋ねた所、たまたま村人の傍に居た一人の白痴(現代の遅進障害児)が、その指で道を真直ぐに指し示した。その瞬間的動作から一種の啓示を得てこの句が生まれた」との事で、実景にもとづく属目句である。啓示とは唯ひたすら真直に行き、それを疑ったり批判しないことなのである。この句の心は、師の句作態度そのものである。
それは、「俳句を己の生命の為に作る。」そして「自然との交流により、己の生命と自然のさまざまな命とが唯一つに統一される」ことを目指し、「小我を否定し大我に還ることによって自己の魂を清浄化し、また自己の生命を永遠化、絶対化しようとする。」・宮脇白夜著「中村草田男論」より・・の言葉の如く草田男師の信念そのものに、私には感じられた。
又、この考え方は、「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするなり・道元」「見る処、花にあらずといふことなし、思う所、月にあらずといふことなし。笈の小文・芭蕉」の思想であることにも気付き、草田男師の深淵さを改めて認識し直したのである。
| 大きな夢失せずひびの掌明日ある掌 | |||
| 幻 魚(句集「幻魚」昭和二十三年) | |||
昭和二十一年六月黒姫創刊。当時の幻魚師の行動を知るために、改めて、二十二年〜二十三年の黒姫誌を繙いた。そこには、師の東奔西走、孤軍奮闘するバイタリテイ溢れる行動派の姿があった。
二十二年五月(黒姫改題十七号に掲載)に長野俳句ペンクラブを県内有力俳人と共に創設、師が事務局を担当し会員作品発表の場に「黒姫」を提供、更に、同年、日本俳句作家協会の創立発起人に名を連ねた。(現・俳人協会は昭和三十六年創設・初代会長・中村草田男)
その頃、戦後の混乱期で、用紙事情・印刷事情は極めて厳しく、一冊七円・年間会費九十円で遅刊せず俳誌の維持ために、幻魚師が大変苦労されてたことが編集後記等で察しられる。そんな状況の中で、師は俳誌内容を充実させるために、次々と新たな企画を行い紙面に躍進をもたらした。
- 「俳句の将来」
- 「農村と俳句」
- 「現代俳句について」
- 「学生と俳句」
等の特別企画で座談会・アンケートを開き、広く有識者を募り、記事を俳誌に掲載した。
当時、「第二芸術論」の発表・「新俳句人連盟」・「現代俳句協会」の設立・休刊してた多くの俳誌復刊等で戦後俳壇は騒然としていた。その中で幻魚師は「黒姫」を継続発行をするため、己の信ずる俳句精神を貫くために、苦闘をされた様子が俳誌の中に彷彿とする。
地方結社の最大の弱点である財政面は、当時かなり逼迫し、己の犠牲も払いつつ周囲の支援も仰ぎ大きな夢の実現に努力されたのである。この様に黒姫誌の青年期は弛まざる詩魂と情熱にあふれていた事を、吾々は決して忘れてはならないと考えている。
| 消ゆるまで直なる鉄路冬霞 | |||
| 紫 晃(句集「青山椒」昭和五十八年) | |||
幻魚師は昭和五十四年、享年七十才で急逝され、紫晃師が急遽代表同人を経て主宰を引き継がれた。当時、紫晃師は五十四才でJR駅長の現役真最中、現職と主宰の重任の二つを背負われ超多忙な日々を過されたと思う。更に「萬緑」の幹部同人でもあり、草田男師亡き跡も「萬緑」幹部としてその理念の追求に協力されていた。従って、草田男―幻魚の絆も熟知されていたと思う。
紫晃師が結社を受け継がれたのは百九十六号(昭和五十四年・十一月号)である。奇しくも本号四百号から遡ること三十四年前である。この号の巻頭に「俳句へ掛ける信念」が随筆風に記されている。「何かの折にそれも句とは無縁の人から、“高尚な趣味をお持ちでいいですね”と言われる。特にいやな気分になる訳ではないが、余りいい気分もしない。元来高尚などと思ってもいないし、趣味と決めつけられた事に対し吾がレーダーは拒否反応を示す。
俳句とは単純にやるとか作ると言ったものでもなく、更に吐いたり捻っただけのもので良かろう筈はなく、単なるインスピレーション即ち浮かんだり閃いたりするものではない。それやこれやが渾然一体となり、作品が生まれるのである。俳句との出合いには出発点で余程刺激を受けてこの道に志向する人以外、趣味の範疇に五十歩百歩、そのぬるま湯にどっぷり浸たり込んでいるものの様である。
真剣に取組み句作に没頭していく程に苦しみが伴い努力が強いられていく。それは最早や趣味の範疇で無い事は自明の理である。即ち、俳句は文学であり、芸術であるからだ。」
この一文に示されてる紫晃師の並々ならぬ覚悟こそが、この句の「直なる鉄路」と私は解釈してる。この句は、主宰就任後四年目の作である。この覚悟を持って、平成十九年十二月に退任されるまで二十八年間、主宰を努められたのである。昭和五十八年には「黒姫の理念」を定め発表され、その理念が現在も継承されて黒姫誌の背骨を支えている。
ここで、皆さんと共に結社黒姫の理念を再唱し、再確認したい。
黒姫の理念
不易流行を信条とし、気負はずに確と足許を見つめ
郷土に立脚した作品を己のために生み続けてゆく。
平成二十五年十一月一日 北童
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| 遠花火こだまとなりて闇揺する | 神田北童 | ||
| 日照雨木下闇をも息衝かせ | 〃 | ||
| 暮れ初めてかなかなの声絶間なし | 〃 | ||
| 池の辺の残暑ベンチに影を置く | 〃 | ||
| いしぶみへ揃ひて萩の頭垂る | 〃 | ||
| 稲の波引込線の間際まで | 〃 | ||
| 膝に寄る背に寄る虫の声俄か | 〃 | ||
| 栃の実の艶の深さを手の窪に | 〃 | ||
| 秋澄める手作りジャムの味深し | 〃 | ||
| 中天に真円きはむ今日の月 | 〃 | ||
| 今日の月句の痩せまじとひた仰ぐ | 〃 |
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| 先ず夫の盆供に木曽の七笑 | 井上ひさ子 | ||
| 翅破れしままのいのちや秋の蝶 | 友部古鷹 | ||
| ひぐらしや点灯ひそとためらひぬ | 増田 正 | ||
| 為すことも為さで米寿へこぼれ萩 | 森泉 透 | ||
| 好奇心萎えてカンナに目醒まさる | 稲沢礼子 | ||
| 夏暁や霊神あまた円居して | 村田 守 | ||
| 音頭取る今宵一夜の木曽踊 | 佐野 明 | ||
| 耳遠き夫の近寄る虫の闇 | 青木増江 | ||
| 合天井仰臥で賞でる盆の寺 | 神田三布縷 | ||
| 携帯の音も気怠き残暑かな | 小山まさ志 | ||
| 真夜中の一つ太鼓や祭終ふ | 上坂とし子 | ||
| コンバイン稲穂の波を吸ひ寄せり | 半坂峰子 | ||
| 長老と精霊踊る木祖甚句 | 岩原和子 | ||
| 道草のきりもなき犬涼新た | 松本千代美 | ||
| 指先の先に唄あり風の盆 | 伊藤山葵 | ||
| おどけたり風船葛の種に顔 | 今井絹江 |
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| 夏の蝶しぶきに煙る瀬を越えり | 三浦真佐子 | ||
| 先ず夫の盆供に木曽の七笑 | 井上ひさ子 | ||
| 翅破れしままのいのちや秋の蝶 | 友部古鷹 | ||
| ひぐらしや点灯ひそとためらひぬ | 増田 正 | ||
| 為すことも為さで米寿へこぼれ萩 | 森泉 透 | ||
| 敗戦の日飢ゑ国境の兵なりし | 田中公平 | ||
| 花野径昨日も今日も遠廻り | 古坂 房 | ||
| 降圧剤募りし不安夜の蝉 | 長峯寿子 | ||
| 好奇心萎えてカンナに目醒まさる | 稲沢礼子 |
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| 讃美とは対峙すること蓮紅し | 黒森敦子 | ||
| 杖ひきてなびく尾花に包まるる | 高橋多美子 | ||
| 夏暁や霊神あまた円居して | 村田 守 | ||
| 蓑虫の蓑編む技に出来不出来 | 脇田 警 | ||
| 音頭取る今宵一夜の木曽踊 | 佐野 明 | ||
| 耳遠き夫の近寄る虫の闇 | 青木増江 | ||
| 合天井仰臥で賞でる盆の寺 | 神田三布縷 | ||
| 携帯の音も気怠き残暑かな | 小山まさ志 | ||
| 真夜中の一つ太鼓や祭終ふ | 上坂とし子 | ||
| コンバイン稲穂の波を吸ひ寄せり | 半坂峰子 | ||
| 長老と精霊踊る木祖甚句 | 岩原和子 | ||
| 道草のきりもなき犬涼新た | 松本千代美 | ||
| 指先の先に唄あり風の盆 | 伊藤山葵 | ||
| おどけたり風船葛の種に顔 | 今井絹江 |
